吉阪隆正集について

吉阪隆正という人物は、ル・コルビュジエの弟子の1人として有名だと思う。「有形学」や「不連続統一体」といった独自の考えをもとに、独創的な建築物を後世にまで残していると言えるだろう。「八王子セミナーハウス」や「アテネ・フランセ」等は、今でも東京に現存している。私は地方住みの貧乏者なので、未だに見学できていないのだが。

 

建築家としての吉阪隆正は上記のようなイメージであると思われるが、私が本当に興味があるのは、研究者としての吉阪隆正である。彼は、世界中の住居を調査しようとした。それは、人類の住まいの本質を追求する行為にほかならないだろう。多様な住居形態の共通項と差異を整理することは、住居の構造(この構造はもちろん力学的構造を示すのではなく、文化・地理・環境等からなる構成要因のことを示す。コンテクストに近い)理解のための第一歩であったはずだ。これは、「住まいとはなにか」「住居とはなにか」という、非常に根源的な問いへの挑戦であったといえよう。

 

上記のような彼の住居への志向は、ル・コルビュジエとは別のもう1人の師である、今和次郎への師事が背景にあるだろう。今は、「考現学」、つまりスケッチで民芸品や生活の様子を詳細に記録するという手法を確立した人物である。住居に関しては、『日本の民家』という本が有名だろうか。ちなみに今のもう1人の弟子である佐々木嘉彦の研究にも注目すべきなのだが、そこまで手が回っていない。

 

その後、吉阪隆正は住居から地域・都市計画へと研究を広げていったわけであるが、彼の住居・地域・都市へのまなざしは、今でもその輝きを失ってはいない、と思う。彼は論文こそ数を出してはいないが、建築という分野の人間であるから、研究成果を建築計画・地域計画で具体的な形態にまで落とし込んでいったのだろう。その結果が、建築家としての吉阪隆正の姿なのではないか。

 

論文ではないものの、吉阪隆正の著作は多い。それらが編纂されて、彼の死後、吉阪隆正集が出版された。30年以上前の出版ではあるものの、ここに住居や地域・都市を考えるうえでのヒントがまだ眠っている、と私は考える。「真に人間的な」計画とはなにかを考えるうえで(とくにこのご時世だからというのもあるが)、彼の存在は無視できなかったのだ。

 

この膨大な量の思考の跡をたどることはできるのだろうか。はたまた、私のような素人同然の者に、彼の思考を少しでも理解することができるのかどうか。

 

少量ずつしか読みすすめることはできないだろうが、吉阪隆正という巨大な、そして最も人間らしい人間に地道に立ち向かっていきたいものである。